絵本がつなぐ「空想と現実」─子どもの心に育まれる想像力と感性

絵本研究家であり、「非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180」の著者である寺島知春さんによる、おすすめ絵本紹介のコラム。今回のテーマは、「空想と現実のあわいを行き来する」です。

 

空想と現実のあわいを
行き来する

私自身の子どもの頃を思い出すと、絵本が目の前にない時も、物語の世界といつもどこかでつながっていたなあと懐かしくなります。毎晩何冊かずつ読んでもらう時間が好きだったのはもちろんですが、そこから離れたごく普通の暮らしのあちこちに、絵本の多彩な記憶が確かに息づいていたのです。

『こんなおみせしってる?』(藤原マキ、福音館書店)は、日常にたびたび顔をのぞかせた一冊でした。豆腐店、あめ屋さんなどの身近なお店・珍しいお店を、つぶさに描きこまれた画面でじっくり堪能させてくれる作品です。冒頭には昔ながらの卵屋さんの見開きがあり、真っ白い卵が山盛りに積まれた陳列棚の脇に、女の子がいます。その手から1つ、今まさに卵が滑り落ち、空中で中身が飛び出して――。ドキッとするようなこの場面を、私は寝床でページを開くたびにハラハラしながら楽しんでいました。

この緊張感が、例えば昼間の台所でのお手伝い中などに、ふと思い出されるのです。確か小学校低学年ごろでした。「生卵はそっと扱わないと、絵本のあの子みたいに割っちゃうから……」と、くすぐったいようなハラハラ感を面白がりながらも、冷蔵庫から卵を取り出す手は慎重になります。

一方、手のひらに収まった本物の生卵からは、殻の表面の意外にでこぼこした感じや、中身が揺れて重心が少し移動する感じが伝わってきます。注意が向いているからこそ一層、感覚が敏感になるようです。

そんな何でもない暮らしの経験は、知らないうちに身体に積み重なっていきます。そして夜にまた同じ絵本を開けば、前より少し想像のレイヤーが分厚くなっているのでした。現実世界で体験したさまざまな感覚の記憶が、絵を目の前にして複合的によみがえってくるからです。

総合的な育ちの「初めの一歩」

子どもは誰でも大なり小なり、こんなふうに空想と現実のあわいを行き来しているのでしょう。印象的な絵本をいくつも心の中に潜ませていることは、そんな動きをより盛んにしてくれるように思います。

さて、本連載ではいつも非認知能力と絵本との関係についてお話ししています。情動の力である非認知能力は、理性的・論理的な力である認知能力と、もともと対をなす概念です。この2つは、相互に働きかけ合って伸びるといわれます。

絵本というツールは、開いて読んでいる時には非認知能力を耕す助けになります。さらに、先にも見たように、ページを開いていない時にだって、大好きな一冊を見つけた子どもの内面には物語が流れ続けています。物語をきっかけに身体の体験を豊かに重ねていくことは、非認知能力と認知能力の両方を往来しながら生きる力を大きくすることの、ごく初めの姿に思われます。

専門家がおすすめ!
空想と現実のあわいを行き来できる絵本2選

不思議、だけど
知ってる気もする?
「行き来」を促進する空想物語

4・5歳ごろ〜誰でも
『すいかのプール』


アンニョン・タル/作 斎藤真理子/訳 岩波書店 2018年
Copyright © 2015 by Bonsoir Lune
Reprinted by permission of Changbi Publishers Inc.

真夏のある日、すっかり熟したすいかにひと筋の割れ目が入ったかと思ったら、そのまま静かに真っ二つになりました。さあ、「すいかのプール」のプール開きです。子どもも大人も「さっく さっく」と足音を立てながら、鮮やかな赤い果肉に体をうずめたり、浮輪やすべり台に夢中になったりします。


Copyright © 2015 by Bonsoir Lune
Reprinted by permission of Changbi Publishers Inc.

空想と現実の交じり合う、韓国発の不思議で楽しい一冊です。これを子どもはまるごと受け入れ、素直に面白がります。物語に浸る時、彼らの内面では現実のすいかの舌触りや潤い、匂いなどが呼び起こされることでしょう。あるいは逆に絵本の光景に触発されて、食卓ですいかを食べる際にいつもより細やかに観察するかもしれません。本編でも触れたように、空想を主体とした絵本には、あわいの行き来の背中を押すものが多くあります。

物語を通してのぞく
意外と知らない庭師の一日

小学校中学年ごろ〜誰でも
『はたらく庭師』


吉田亮人/写真 矢萩多聞/文 創元社 2025年

朝7時の京都の町を、庭師の三島さんのトラックが走ります。今日の現場は100年以上前に造られた庭園です。何人もの職人さんが集まって、夏の日差しの中で庭を美しく整える仕事が始まります。

白黒写真で庭師の1日が描かれます。私たちは彼らを、例えば街路樹剪定の道路脇などで見かけることがあります。身近な存在だけれど実際どんなふうに作業を進めているのかはよく知らない職業の人を、絵本の物語で見つめることは、子どもたちの中に新たな視点や興味を連れてくるきっかけになります。職業や生き方への興味はやがて尊敬となり、あるいは自分の将来を考える動きなどにつながりそうです。

※「対象年齢」は寺島知春先生の基準によるものです。各絵本の出版社が提示しているものとは異なる場合があります。

PROFILE

寺島知春

絵本研究家/ワークショッププランナー/著述家。東京学芸大学大学院修了、元・同大個人研究員。約400 冊の絵本を毎晩読み聞かせられて育ち、絵本編集者を経て現在に至る。著書に『非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180』(秀和システム)。ワークショップと絵本「アトリエ游」主宰。
HP:terashimachiharueh.wixsite.com/atelieru


Kids Well-being VOL.22(2025年夏号)より転載

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